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You'll never walk alone.

2013年2月10日。

あっという間に学園での6年間が過ぎ、ついに、卒業しました。

いくら書いてもキリがないから、果たして何を書こうかと考えたけれど、
FBに"他者に発信したい"という意味で言っておきたいことだけなんとかまとめてしまうともう何を言っていいやらわからない。

いいや、好きなように書き散らそう(結論



いつもならまず出来事を時系列に沿ってすべてレビューするのだけど、今回はざっと。

証書の授与は、自分たちの番だとこんなに短く感じるのか??と不思議でならなかった。
みんなの名前が呼ばれて、それぞれの返事があって。
でもそんな彼らの中には全然話したことのない奴がまだたくさんいて。

もっといろんな奴と、いろんな話をすればよかった。
そうしたかった。

そんな後悔が頭をもたげた。


数え切れないほど馬鹿ばっかりして、下らないことで騒いで、
時々ふっと友人たちの思いもかけない一面を知る。
そんなことの繰り返しでした。
まだまだ"あいつのことはよくわかってる"なんて口が裂けても言えなかったから、
もっと知りたかった。
そうするには、時間がいくらあっても足りなかった。





自分の番。
こればっかりはと、壇上では本気出してました(笑
あれから同級生に二人、先生に一人、褒めてもらえたのが純粋に嬉しかったw
小さなことだけど、きっちりとこなせたかなって。




やっぱり先輩たちの卒業に際して空想するのは、一年後の自分たちの姿。
俺はこの学校が好きだし、誇りを持ってる。
落ち目だ何だと言われて久しいけれど、何より自分が自身を誇れるほどのレベルにいないこと、変えていく力がないこと、それが悔しい。
単純な競争心と根拠のない自信に縛られている今を超えて、
一年後あの舞台の上で何を想うのか。


一年前、先輩たちの卒業を見送って、こんなことを書いた。
そんな俺は、『3月9日』を歌いながら、舞台の最前列中央でぼろぼろ泣いていた。
何を想ったと言葉にもできないような、ぐちゃぐちゃのままだった。
たった一年間かけて達しようと描いた理想には、
正直に言ってまったく届いていないと思う。
濃密な日々を経ていろんなものを得たけれど、それでも俺はあの頃のまま。
当然だよなとも思う。
何も悲観しているわけではないけれど、
身を以て"変わること"がどれほど難しいかを実感したともいえる。



ダレカが、"呪いのような6年間"という表現をしていた。

どこか非常識で、閉鎖的なコミュニティ。
高校という枠組み。
ネームバリューの重圧。
はっきりと一言では説明できないものに、強く強く縛られ続けていた。

ふいに、絡みつく係累を断ち切りたくてしょうがなくなることがあった。



そんな思いが心の奥底に燻っていて、

それでもなお

学校の空気は魅力的だった。
たくさんの憧れがそこにあった。
同期のみんなが大好きだった。


感情は交錯してばかりだったけれど、実感の湧かない卒業を終えて今ただただ思うことは、
一緒に過ごしてきたみんなへの感謝。


どんなに屈折したものがその奥にあったとしても、この6年間は最高に楽しかった。
まだ自分自身の考えに整理がついていないのはこの垂れ流し書き散らした文の羅列を見ればわかるだろうけれど、また、最後足掻くために、感傷を切るために、この記事をとにかく書くことにしたのでした。
推敲なんてまったくしていないし、ちらと読み返しても意味がわからないですね……w
果たしてこんなものを本当に公開していいものか。


まだ自分を見つめなおす余裕も時間もないけれど、確かな区切りがあったことも確か。
6年間支えてくれた人、一緒に過ごした同期のみんな、本当にありがとう。






You'll never walk alone.

パフォーマンスのテーマとなったこの言葉は、
昨年度末に急逝された先生の好きな言葉であったという話を聞きました。
彼にも卒業を見届けてもらいたかった、なんて口にするのは、偽善が過ぎるでしょうか。


カテゴリ:School Events | 02:38 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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