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体育祭2011

9月18日、体育祭が終わった。

この一年もあっという間だったし、まして練習が始まってからの3週間ちょっとは
光のように速く過ぎ去った日々だったと感じる。
去年のように実況っぽく書ければ後々読むのも面白かったりするんですが、
今回はわかるところにしぼって・・・


朝学校に着いたのが6時すぎ。
天候はあいにくの雨で、グラウンドはそれは酷くぐちゃぐちゃでした。
予報ではやがて上がるとなっていたものの、降っては止み降っては止みの繰り返しで結局最後の朝練はできず、衣装合わせだけしてHRへ。

入場更新の頃にはすっきり雨も上がっていました。
恒例のパフォーマンス込みの開会式を終え、第一の競技は高校全体で行う大玉転がし。
作戦がうまく行ったのかでだし好調勝利のスタートを切ります。
しかし個人競技をはさんで次の団体戦綱引きでは、高1○、高2●、高3●でまさかの負け越し。
その後得点の大きい騎馬戦でも大敗を喫し、戦況は相手に傾きます。


実はこの間、部活紹介リレーに参加したんですが、なんだろうこの罰ゲーム感覚は()
卒業した先輩たちが“運動系文化部”というよくわからないモットーをもって、文化部としてリレーに出る暴挙の歴史を作り上げたのに便乗し、完全な悪ノリでパレードとリレー両方に出ました。
ハロウィンのコスプレして本部の観客にお菓子、校長にかぼちゃをプレゼントして逃亡って
意味がわかりませんけど((
リレーの方はガチでシュールに一位を狙いにいったのですが無難に二位だったようです。
まぁよくがんばった←走ってない

午前は紅白リレーで締めて終了。
この時点で点差は250点あまり。
個人競技の得点で迫れる点差ではありません。
午後第一の種目は応援団の集大成とも言える応援合戦。

直前に隊で集まり、副団長からの言葉があり。。。
あの瞬間の高揚はなんとも言えません。

迎えた本番、全ての踊りを全力でやりきれたと思います。
カンカン照りでないとはいえ学ランをきてるのは死ぬほど暑いですが、地面が熱くない分随分ラク。
果たしてブロックウェーブがどれくらいキマっていたかはもはやわからないけれど(苦笑
白軍の踊りも途中からみてたけれど、気色が違ってすごい面白かった。
あれを完璧なクオリティでやってのけたら圧巻だろうなといった感じ。


続く種目は玉入れ。
参謀が“唯一の十八番”と自負するそれは圧勝を決めました。
来場者が参加できる玉入れでOBがめちゃめちゃ楽しそうに騎馬作って玉を投げつけあってるのには笑いました。
いいのか悪いのか変わってないなーって(笑
これを伝統にするのはいかがなもんかと思いますがねw

応援団リレーはいい出だしだったものの、相手アンカー、団長の速いこと速いこと・・・
ラインを割ったルール違反という事で僅差で抜かれたこちらの勝ちになりましたが、実際それがなくても・・・ってくらいに速かった気もする。

最後の競技は高2・高3による棒倒し。
もっとも得点の大きいこの競技にくしくも全敗。
ルール改正によって随分と短期決着になったんだよなぁ。

その興奮冷めやらぬまま閉会式へ。
結果は、相手白軍の勝利。
これを以て白軍は前人未到の6連覇を達成。
点差を少し広げて300点あまりの敗北でした。


ここで一旦実況紛いの記事は終了とします。

ここから先は自分だけのための記録。


俺はどこまでも馬鹿だった。

最後の棒倒し、高3の応援をする時に団長の学欄を羽織ったのは俺じゃなく、隣の班の副班だった。
ぶっちゃけてしまえば前日、当日の朝と、何の話もなかった時点でうすうすわかってはいた。
それでも、言い方が悪いかもしれないけれど、団長候補として意識してたのは同じ班のもう一人くらいで、まさかあいつが・・・といった感覚だったのが正直なところ。
副班の中でも踊りがぐっとうまいのはわかっていたけれど、本人からそれを匂わせる言葉を聞いたことはなかったし、団長志望ってこと自体少し意外だった。

でもそれって結局、自分の考えが甘かっただけなんだろうと思う。
後になって思い返せば、コメントとして残してくれたアドバイスであるとか、
隊長の“今年は団長志望が多い”って言葉であったりだとか、
いくらでも考えを改める機会はあったはずだった。
それでも、最後の最後までたいしたアクションは起こせなかった。

同時に、最後の最後まで団長と、彼の考えてることがわからなかった。
一体二人はどんな言葉を交わして、その信頼に至ったのだろう。
それとも行動や態度から得られた信頼だったのだろうか。

きっと彼はいい団長になると思う。
俺だって信頼してるし、そのこと自体に不満は一切ない。
でも、わからない。
今になって直接腹の内を聞こうとも思えない。
今でも俺は馬鹿だ。


2年前。
3つ上ともなるとそれ相応の距離があるもので、だからこそ先々代団長にはフィルターのかかった、大げさな憧れを抱いた。
まるで天上人のような人として、自分たちの誰かがその立場になるなんて考えもつかなかった。

1年前。
学欄隊に入ったことで、その距離は縮まった気がする。
あるいは学年が近づいたからかもしれないけれど、近くで見る姿は、受け継いできたものは、
確かな目標に変わった。

そして今年。
自信はあった。
副班試験も合格でき、一歩近づいたと思った。
いつもこの代の誰よりもうまく踊ることを考えたし、誰よりも懸ける想いで負けたくなかった。


閉会式で悔し涙を流す先輩たちを、団長を、目の前で見るのは三度目だった。
この手で受け継いで、やがて壇上で嬉し涙を流したかった。

でも、それはできない。

最後横並びになって応援する時、彼の横にもう一人に団長候補だった同班の彼が進み出て、
一緒に一度目の声を張り上げていた。
前に出ることなんてできなかった。

閉会式で涙は出なかった。
勝つことができなかった悔しさと、
団長として『来年こそは』と言えないという思いで何も考えられなかった。


同級の声が辛い。
軽い調子で団長惜しかったなーなんて言われても適当な相槌しか打てない。
打ち上げで前で踊っている彼を見てるのが辛かった。
あいつが負けたらお前が行けよなんて、笑って言われても困る。
みんな笑って楽しんでる最後の打ち上げなのに、なんでこのタイミングで泣きたくなるんだろうな。
班長は俺が表情を噛み殺してるのに気づいたらしい。
隊長にでもなってやれ、なんて、言ってくれた。

まだ皆がわいわいやってるうちに、一人で抜け出して、真っ暗な中庭で初めて涙がこぼれた。
果たして悔しいのか、哀しいのか、情けないのか、寂しいのか、あるいはその全部なのか、
自分でもよくわからなかった。


最後の最後、やぐらの前にあつまった時。
純粋に、終わりを実感した。
班で集まった時も言ったのだけれど、この代の先輩たちが俺は大好きだった。
特に、去年同班だった3人。
隊長と副団長の2人は憧れと誇りでもあった。
このタイミングで言うのも何なのだけれど、きっと団長よりこの二人を信頼してたんだと思う。
勿論団長としての先輩は尊敬していたけれど、昨年引き継いだその時から、
俺とはタイプが違う人だなーって感じてたのが正直なところだったりする。
それが次期団長選出に関係あるかって言ったらそんなことはわからないんだけどね。
でも、そんな先輩たちは結局一度も勝利に手が届かなかった。
俺が来年は勝利に導きます!
なんて言いたかったな、とも思う。


また少し話がそれる。
一年前、練習の合間だったか、終わりだったか、ふと見知らぬ先輩が来て、ちょろっと踊りの話やらしてったことがあった。
後から聞いた話によれば、団長志望だったが選出されることはなく、
結局応援団自体高3ではやらなかったという先輩だった。
踊りは団長にひけを取らないくらい上手いだか、覚えがいいだかと教えられ、
なんで幹部を狙わなかったんだろうとその時はすごく疑問に思ったのを覚えている。

でも、今ならその気持ちがわかる気がする。
応援団長と言う目標にかける思いが強かったからこそ、できなかったんだろうなって。
自分でも、果たしてここからどのポストを狙えばいいのかちょっとわからない。
副団長はあいつが適任だろうし、隊長はあいつができそう・・・
だなんて、わけのわからないことを考えてたりする。
少しだけ、自分の居場所を見失った気がした。
なんでだろう。自分が団長になった時のイメージを強く持ちすぎたからかもしれない。


それでも、結局は大幹選挙に出るんだと思う。
まだ気持ちは切り替え切れてないけれど、この場から離れることをプライドが許さない。

いつも思う。
自分は周りが思ってるよりずっと傲慢なんだと。
自分を縛りつけてるのもプライドで、逆につなぎとめてるのもまたプライドだったりする。
そんな一番黒いところを、絶対表面にして見せないようにしてるのが俺なんだって、
自分で理解したのもこの夏。


そろそろ考えたこと全部書ききっただろうか。
こんな記事名無しさんに読まれるの嫌だなぁーと思うけれど、
読む人に合わせてスタンスを変えるようならこのブログを続けてる意味ないなーって
結論付けてしまった(苦笑


二年越しの夢は叶わなかった。
先輩たちに勝利を飾ってもらうこともできなかった。

できるとすれば
それは六年越しの雪辱を晴らすことだけ。

カテゴリ:School Events | 20:48 | comments(3) | trackbacks(0) | - | - |
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コメント
はじめまして。たまたまこのブログ見つけました。AROTYさんの(多分)5年上の元紅軍応援団員です。

体育祭お疲れ様でした。結果は残念だったみたいだけれど、来年は必ず優勝旗を取り戻してください。

実は俺もAROTYさんと同じような経験をしました。(もっとも俺の場合は團長じゃなくて学欄隊隊長志望だったけど)

俺も君と同じように初期のころから応援団に入って、援団の楽しさ素晴らしさにすっかり魅入られて、がむしゃらに突き進んで高2副班にも合格して、いよいよ自分が夢見た役職につけるって思った矢先に大幹選挙で負けてしまってとてもショックでした。幹部候補の誰よりも練習してたし、自分の踊りに自信を持ってたから尚更ね。さらにその後の副隊長選挙でも僅差でライバルの候補に敗れて、その時は本気で援団やめようと思った。自分がこれまでやってきたことはなんだったんだろうなって思って。目標だったものを完全に失ってしまったからね。

でも俺もそのまま援団の現場を離れる事はプライドが許さなかったよ。確かに目標は消えたけど、このまま去ってしまったら真の意味で今までが無意味になってしまうんじゃないかって。「ならばさらに大きな目標を見つければいいんじゃないか?紅軍の優勝に間近で加担してやろうじゃん」って考えて。結局俺は参謀副総長になったんだけどね。

今AROTYさんは気持ちが切り替えられていない時期だと思います。でも援団の中に君の居場所は必ず存在するよ。当初夢見た場所とは違うかもしれないけど、絶対に。

だから絶対にこれからも援団を続けてください。これからの1年は、今までとは比べられないくらい「濃い」1年になると思います。俺の時はほとんど毎月援団関連のことやっていた気がするし(もちろん教師にばれないように…)。大学生になった今でも頻繁に思い返すし、これからも多分ずっと忘れないと思う。それだけ楽しかったってこと。これは保証しますw

なんかだらだら書いてしまってごめんね。でもこれだけは言っておきたかったので…。来年こそは優勝旗奪還!期待してます。
| 通りすがり | 2011/09/21 9:05 AM |
「おまえは馬鹿なんかじゃない。」

今日、その事がわかったんじゃないかと思う。
純粋に、お疲れ様。

確かに團長職は佐伯だけど、團長だけが全体を作り上げているのではありません。他の幹部あってこその紅軍應援團だという事を良く理解しておいて欲しい。特に大幹部には責任というものがあるからね。まあ、わかっているとは思うんだけど。だからこそ、佐伯、西田達と共にしっかりと学欄隊をまとめあげて、紅軍を7年ぶりの優勝に導いてください。すごく期待しています。そして、おめでとう。
| ぼーぜんかんぶたち | 2011/09/22 8:58 PM |
・・・つくづくこの話題はうちの生徒には引っかかるものがあるみたいですね(・ω・;)

>通りすがりさん
コメントありがとうございます!
5つ上ということはもしかするとチアのときそばで踊っていたかもしれません(笑
選挙終わってから記事書いて、コメント返そうと思っていたのですが、すごく励みになりました。
無事今度は隊長になることもでき、ようやく(←遅い)気持ちにふんぎりがつきそうです。
先輩たちからのよい伝統はきっちり継承して、期待に添えるようがんばります。

>ぼーぜんかんぶさんたち(?)
3週間本当にありがとうございました。
俺はいつでも馬鹿ですけどね(苦笑
頭では理解していても心がついていかなかったりしてました。
でももう大丈夫です。
責任ある立場として、自分にできることを全力でやりぬくつもりです・・・って大体スピーチで言ったとおりですが^^;

結局どちらさまなのか、あと何に対してのぼーぜんなのか、すごい気になるんですがっがg((
投げっぱなしですか(・ω・`)
と、それだけw
| Aroty | 2011/09/23 1:10 AM |
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